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名古屋高等裁判所金沢支部 平成6年(う)22号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

押収してある覚せい剤結晶一袋(当庁平成六年押第七号の一)を没収する。

被告人から金七万円を追徴する。

理由

一  本件控訴の趣意は、検察官宮沢忠彦作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

二  論旨は要するに、原判決は、原判示第一事実において、被告人が、A、Bと共謀のうえ、みだりに、Cに対し、覚せい剤約一〇グラムを代金七万円で譲り渡した旨認定しながら、被告人から右代金相当額を追徴しなかつたが、本件代金は、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」(以下、麻薬特例法という。)一四条一項一号にいう不法収益として没収の対象となるところ、本件においては、右現金の現存が確認できず、これを没収することができないため、同法一七条一項により、右代金相当額である金七万円を犯人である被告人から追徴すべきものであるから、原判決には、この点につき、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあるというのである。

所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、原判決は、所論のいうとおりの事実を認定しながら被告人から七万円を追徴しなかつたことが明らかである。そこで、原判決の当否について判断するに、原判示第一の犯罪事実における譲渡した覚せい剤の対価である代金七万円は譲受人である前記Cから前記共犯者Aの口座に振り込まれているので、薬物犯罪の犯罪行為により得た財産に該当し、不法収益として没収すべきところ(麻薬特例法二条三項、一四条一項一号)、その後、右七万円は、何者かによつて引出され、その引出された現金七万円あるいはその転換財産(同法一四条一項二号)の現存を確認できないことが認められ、したがつて、これを没収することができず、同法一七条一項の規定により、その価額を犯人から必要的に追徴すべきこととなる。

ところで、所論も指摘するとおり、麻薬特例法は、国際的な協力の下に、薬物犯罪から生じる不法収益等をはく奪すること等により、不法な利益を目的とした薬物に係る不正行為が行われる主要な原因を除去するとともに薬物組織を壊滅させることを目的とし、「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約」を国内的に実施するため規定されたものである(同法一条)という麻薬特例法の制定の経緯、趣旨及び右「犯人」には条文上何ら制限がないことにかんがみると、同法による没収、追徴の規定をおいた目的は、特定の個人に帰属ないし保留された利益相当分のみをはく奪するとか利益の最終帰属者のみからはく奪するという限定的なものではなく、不法利益等と認定されるものである限り、その全額を同法にいう「犯人」から追徴すべきものとしていると解される。したがつて、薬物犯罪の犯罪行為に及んだ者が不法収益等の所有権を取得し、または現にその利得を得たか否かにかかわらず、その者が共同正犯、教唆犯等の共犯であつても、これら共犯を含む犯人全員からの追徴を定めた趣旨であると解するのが相当である。してみると、本件覚せい剤譲渡罪の共同正犯たる被告人に対し、譲渡代金である七万円を追徴する旨の言渡しをすべきであり、右言渡しをしなかつた原判決は麻薬特例法一七条一項の解釈、適用を誤つたものといわざるを得ず、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

三  よつて、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い、更に次のとおり判決する。

原判決が認定した罪となるべき事実に、原判決と同一の法令の他、追徴について麻薬特例法一七条一項、一四条一項一号を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小島裕史 裁判官 宮城雅之 裁判官 松尾昭彦)

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